このシリーズ企画は、トヨクモやkintone界隈の方が、どのような業務改善を実施しているのか、を紹介する企画です! kintoneに限らず、その人にフォーカスし、どんな考えで業務改善・DXに取り組んでいるのかを紹介します。
今回は、猪原[ 食べる ]総合歯科 医療クリニック 医療情報・広報部 前田浩幸さんにお話を伺いました。
kintoneとの出会いと猪原歯科に入社するまでの経緯
前田浩幸氏
元々、普通に勉強していればそのまま同法人の大学に進学できるような高校に通っていたのですが、進学先を真剣に選ぶ時になって、そのまま内部進学するのはちょっと面白くないな、と考えていました。別の仕事、別のキャリアはないのかな、と思い、自分の人生を振り返ってみました。
それまで、友達が突然怪我をする場面に2度出くわしたことがありました。1度目は中学生の時、急な坂道を自転車で物凄い勢いで下ってくる友人がいました。案の定、コントロールを失った自転車はガードレールに激突して、その友人はまぶたの上をぱっくり切ってしまったのです。血がだばだば出ていたので、一緒にいた友人と協力して圧迫止血をしました。
2度目は、高校の修学旅行の時でした。同じクラスの男子たちでお風呂に入っているときに、友人たちが体に石鹸を塗りたくって風呂桶をボーリングのピンに見立てて、自分の身体をボーリングの玉代わりにして人間ボーリングをして遊んでいました。その中で、勢い余って壁に激突してまぶたを縫うようなけがをした友人がいて、血がたくさん出てみんなパニックに陥りました。私はあまりパニックにならないたちなので、助けに入れました。例によって圧迫止血を施して、その後友人は病院に運ばれて行きました。
これらの経験を思い出し、割と上手に対応できていたのでは?という思いから、自分には医療が向いているんじゃないか、と考えるようになりました。最初は看護師さんや、PT(理学療法士)さん、OT(作業療法士)さんといった医療職種になる大学を探していましたのですが、その後、東京医療保健大学の医療情報学科に出会いました。
医療とITの間にはすごく深い谷があって、医療にはITが不可欠なのに現場に最適なシステムが入っていないといった話を聞き、面白いなと感じました。2010年当時はこのような学科はほとんどなく、就職にも困らなさそうだったので、この大学に入ることにしました。
医療情報学科では3年から研究室の配属が始まるのですが、ご縁があって山下和彦先生の山下研究室に入りました。この研究室ではゼミ生それぞれが自分でテーマを決めて研究するのですが、プログラミング言語を使って現場の課題を解決するようなアプリを作る人が多い中、同級生の一人がkintoneを使った発表をしていました。そこで、サイボウズとkintoneを知りました。
4年の時、山下先生から広島の猪原歯科に行かないか、と話をいただきました。今の理事長が山下先生と親しく、理事長が山下先生に現場のIT担当が欲しいと相談したそうです。さすがに大学院に進むことも決まっていましたし、いきなり言われても無理だったのですが、一度インターンとして見学させてもらうことになりました。
kintone連携サービス活用事例 猪原[ 食べる ]総合歯科 医療クリニック 様 : kintoneとプリントクリエ…
kintoneでの業務改善をしたいという話は聞いていたので、試用で触ってみました。そこで、歯科の皆さんの悩みを聞き、試しにkintoneアプリを作ってみたところ、「すごい!これがやりたいんだ」と喜んでもらって、手ごたえを感じました。これが初めて作ったkintoneアプリです。
当時は今ほど機能がなく、どうしても情報がつらつらと長く表示されてしまっていたのですが、それでも情報をすぐに入力できるという時点で凄かったのです。ノーコードで30分くらいでシステムができてしまうので、さらに驚かれました。
一連の流れをとても面白く感じましたし、やりがいがある仕事だと思いました。その後も、継続して声をかけてくれて関係が続き、2016年4月に入社することになりました。
紙でやり取りしていた「診療情報提供書」をkintoneアプリ化
入社後、すぐにkintoneアプリを作るようなことはしませんでした。山下先生はとにかく現場を押さえるという考え方で、ニーズオリエンテットが大事だと常々言っていました。現場の課題を評価し、目的を設定してその目的を達成するために適切なものを入れるところからスタートする考え方です。こういう技術があるから使おう、というシーズオリエンテッドだと、現場に合わないものが出てきます。そんな考え方を、様々な病院見学の経験で学べたことがすごく大きいと思います。
そのため、入社してから現場に同行したり、雑用をしたり、後方業務をしながら課題の特定を進めました。その後、9月からkintoneを本格的に活用し始めました。課題の特定に時間をかけたおかげで、作成したアプリはすぐに活用されるようになりました。
最初は業務記録と連携先へのFAXをkintone化しました。患者さんには基本的に主治医がいます。歯科医院では、歯の状態が良くない場合抜くことになります。その際、事前にその人の病気の状態や飲んでいる薬について知っておく必要があります。そのため、主治医の先生にお手紙を出すのです。これを診療情報提供書といいます。
以前は、Wordでテンプレートを作り、患者さんの情報を入力して印刷していました。その上、色々な人の手を渡るので、作成~送付までに手間がかかります。出して終わりではなく、内容によっては返事が来たかどうかも管理しなければならず、状況を知りたくなったら受付に行って調べる必要がありました。
そこで「診療情報提供書」アプリを作成し、患者番号を入れたら、カルテからルックアップで必要な情報を引っ張ってくるようにしました。
あとは、必要な項目を入力して「PrintCreator(プリントクリエイター)」で印刷するだけです。見栄えをよくするために、3種類の文字サイズでテンプレートを作っており、長文を入力するために2ページ用も用意しています。
ここにプロセス管理を組み込むことで、衛生士さんが患者番号を入れたひな型を作ってドクターに依頼し、ドクターが入力して送付依頼を行うようになり、作業漏れが劇的に少なくなりました。
便利なのが、カルテを開くと作成した診療情報提供書の一覧をまとめて確認できることです。これまではA先生が診ていたけど、次からB先生に代わっても、カルテを見れば今まで何があったのかがすぐにわかります。
導入効果の数値化は難しいですが、ドクターからは、この「診療情報提供書」アプリがないともう仕事ができない、と言われています。ドクターは昼間、診察をしているので、診療情報提供書の作成は診療後に行います。当然、なるべく手早く効率よく済ませたいのですが、Wordにコピー&ペーストしていると時間がいくらあっても足りません。kintoneでクラウド化することで、その手間を省けて業務効率が大きく改善しましたし、家や外出先でも作業できるようになりました。
バーコードのない商品もkintoneアプリで会計できるようにした
私たちは、歯ブラシなどの物販も行っていますが、これが効率よく業務を行うことが難しいのです。例えば、外来診療では軽減税率の問題があり、物品によって8%や10%と違いがあるのです。また、例えば12個入りの商品があると、箱にはバーコードが印刷してあっても、個別の商品にはバーコードが付いていないということも多いのです。
以前は、物品販売用のソフトを使っていたのですが、そのソフトではバーコードが使えなかったので、毎回名前で一つずつ検索し、販売していました。マスターデータの仕様もよくわからず、リストにないものは手入力したりしていました。そのため、レジの精算時に金額が合わなくても、原因が特定できず、何が何個売れたのかもよくわからない状態だったのです。
そこで、kintoneでマスターアプリを作成し、税率を登録できるようにしました。
また、商品のバーコードを全部調べて登録しました。バーコードがついていない商品に関しては、自分でコードを決めて、バーコード作成サイトでバーコードを生成しました。そして、商品の写真とバーコードを載せた価格表を印刷し、ラミネートしてレジに置いたのです。会計時にはこの価格表のバーコードをスキャンし、手軽に入力できるようにしました。
この仕組みにして良かったのは、患者さんの記録を見たときに、いつ何を買ったのかが全部わかることです。自分が使っている商品の正式名称をしっかり覚えている患者さんはそう多くなく、「前のと同じもの出してくれる?」と言ってきますが、購買履歴を見ればすぐに確認できます。
また、訪問診療する場合、認知症などを患っている方だと、毎回入れ歯の洗浄剤を買おうとすることがあります。しかし、まだ使い切っていないなら、売ってはいけないわけですが、そんな情報もkintoneを見ればすぐにわかります。
会計時の領収書も「PrintCreator」を使って印刷しています。
やはり、業務のエンドポイントは紙なわけです。販売アプリの画面を印刷して渡すわけにもいきません。正確に領収書を印刷できる「PrintCreator」は本当にkintoneの可能性を広げていると思います。
アナログとデジタルの懸け橋としてkintoneと紙を効率的に同時運用する
もう一つ、面白い事例があります。訪問診療部は基本的に通院することが難しくなった方のところに私たちがお伺いして診させていただきます。まずは、この訪問診療部からkintone化しました。
とは言え、外来に来ている人も、年月が経つとライフステージが変わり、訪問診療に移行します。しかし、訪問診療と外来診療の記録媒体が断絶しているという課題がありました。
紙のカルテの後ろには、サブカルテというものがあり、今日話したこと・行ったこと・次にやることなどを手書きで書いています。訪問診療部では基本的に全ての情報をkintoneに集約していますが、外来診療では以前のまま紙で管理していたのです。
たまに、外来診療と訪問診療を行き来する人がいますが、とても面倒な手間が発生します。訪問に行く際は紙カルテを探さなければならないし、外来に来られた時にはkintoneを見なくてはいけません。
歯科医院全体で考えれば、患者さんの記録が外来から訪問まで全部1つの場所で確認できる方がいいに決まっています。サービスの質も向上するし、医療安全的にもよく、将来はそこを目指しています。しかし、外来診療の人たちからすると、今まで紙で運用してるから無理にkintone化しなくても自分たちの仕事という意味では困りません。
そうなった時に、どうやってkintoneを馴染ませていくのかが課題になります。外来診療部には治療部門と予防部門(メディカルトリートメントモデル=MTM)がありますが、MTM部門では2〜3カ月に1度来てもらい、歯周病のプロフェッショナルケアとホームケアの指導を行っています。このMTM部門から紙運用をやめたい、と相談がありました。長く来院されている患者さんのカルテがどんどん分厚くなってくるからです。
しかし、MTM部門がkintone化して紙カルテに書かなくなってしまうと、治療部門の人が困ります。ここの断絶を起こさないようソフトランディングする方法を考えました。もちろん、kintoneアプリの入力と紙カルテの記入という二重入力を頼むわけにはいきません。
そこで、MTM部門で使うkintoneアプリを作成し、その入力情報を「PrintCreator」でコンパクトに印刷できるようにしました。シールに印刷し、それをサブカルテに貼り付けるようにしたのです。これで、二重入力なしにkintone化と紙運用の両方を活かすことができるようになりました。
一見無駄に見えますが、どこに着地点を置くかが大事で、紙とデジタルの折衷案というか、最終的に全ての情報をkintoneに集約するというゴールまでのマイルストーンを置く際に「PrintCreator」がとても役立ってくれました。
今後の展望
ドクターはレセプトコンピューターという請求用のシステムに入力しています。この情報もkintoneに連携しようと思っています。CSV連携の仕組みを作り、ボタンをクリックするとドクターがレセプトコンピューターに入力したデータをkintoneに入れ込めるか試しているところです。
最近、外来診療の治療情報もkintoneにまとめていきたいよね、というムーブメントが起こり始めています。もちろんウェルカムなので、長い目で移行していこうと思います。
クラウド化することでどこでもアクセスできるし、kintoneだったらセキュアなアクセス環境を作ることができます。これが、紙のカルテやオンプレミスのシステムだと、この患者さんについてはこの先生しか把握してないから、その先生が来れないならキャンセルになる、といった状況にもなってしまいます。主治医制の弊害とも言えますが、これだと先生が休めなくなってしまいます。しかし、kintoneに情報集約されていると他の先生でも情報にアクセスできるので、質を落とさず代診を行うことができます。それにより休みやすい環境を作ることができます。
今後は、情報を集約化させることにフォーカスしていきます。kintoneに情報を集約させることですぐ情報にアクセスできるので、何をしたらいいのかがクリアに考えられるわけです。もちろん、診療の質の向上にも、医療安全にも繋がります。実現できたら、すごいことですよね。
猪原[食べる]総合歯科 医療クリニック
医療情報・広報部 前田 浩幸
歯科医院でkintoneを用いたシステム開発、組織のルール作りを担当
2019年にkintone エバンジェリストに就任し、kintone Café 広島での運営メンバーとして活動、kintone用アイコンサイト KUMA ICONの運営を行っている